他人の価値観ほど、無責任なものはない。

若い頃の僕は、偶然、街で知人と会っても平気でした。
どちららかというと嬉しかったです。

年を取った今は、街で知人と会うと嫌な気持ちになります。
出来る限り話かけないようにしたり、気付かないフリをします。


結論からいうと、
「劣等感」があるから知人と会いたくないのです。

若い頃の僕は「優越感」がありました。
それなりに輝いていた時期がありました。

しかし今は輝きもなくくすぶっています。
体の障害や重度の病気で、若い頃の僕とは真逆です。

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若い頃は輝いていた。
それがどうでしょう、今の僕は。
そのギャップが大き過ぎてね。


若い頃の僕を知っている人が、
今の僕を見ると驚くと思うのです。

そして思うでしょう。
「かわいそうにな・・・」と。


若い頃に関わっていた人達に、
今の自分を見られると「恥ずかしい」のです。

今の自分の姿を見られて「かわいそうに」と、
人生が終わったかのように「評価」されるのが悔しいのです。


こんな僕でも、
地元を離れて、知らない街へ行くと「いきいき」しています。
それは、
周りに誰も僕の過去を知っている人がいないからです。

僕の過去を知らないので、
過去の僕と今の僕を「比較されない」ので嬉しいのです。


僕は体に障害を持ってしまった。
重度の病気にもなった。

それでも、僕は生きている。
こんな体でも、死ぬまでの間、生きて行かないとね。

僕自身は気持ちが前向きだったのですが、
周りの目が「あの人の人生は終わったね。」と語っているんです。

いつもいつも、そんな目で見られているとね、
前向きな僕でも気が滅入って来ます。


それで、外出の回数が減って来ました。
外出すると、地元ですから多くの知り合いと遭遇します。
そして、その度に「憐れみ」を受けるんです。

なんだかね。


そして、僕の「人嫌い」が加速しました。

親友、友達、知り合いなどの交友関係を断ちました。
人間関係の断捨離をしたんです。

過去の僕を知っている人を、全て断ち切りました。
年賀状も書きませんし、電話番号も削除しました。


するとどうでしょう?
とても心が軽くなりました。(o^―^o)ニコ


もともと、僕の性格上、
1人で自由に気ままに生活する方が向いていたようなんです。

僕はHSP気質があって、
他人の気持ちが読めたりするんです。

そして、他人に気を使い過ぎるところもある。

他人と会ったりするだけで、かなりのエネルギーを消費するんです。
他人と会った日は、かなり疲れるんです。

だから、1人になって心地よいのです。


そして、人生を全うし死を迎えたら?
人生がリセットされます。

この人生がやっと終わるんです。

僕にとって死は恐怖ではなくて、
新しい「門出」のような感じです。


あの世の世界が、どのような世界か知りませんが、
今の人生がリセットされればスタート地点に戻れる。
そう考えると嬉しくなります。

そして、次の世界でスタートダッシュを決める為に、
今、生きている間に自己啓発をし、
あの世で大活躍をしようともくろんでいる訳です。。(笑)


僕は今、体の障害や大きな病気を持っているけれど、
「慣れ」ました。(笑)

どんなに苦しくても、「慣れる」のですよね。
慣れると、普通に生活が出来ます。


普通に生活をしていれば慣れるものです。
しかし、慣れにくくする原因があります。

それは「他人の価値観」です。


他人は障がい者をみて「かわいそう」とレッテルを貼ります。
他人からレッテルを貼られると、
何だか自分が劣っているかのように錯覚してしまうんです。

多くの人から、多くの「憐み」を受けると、
ますます自分が情けなくなってしまうんです。


他人の価値観って恐ろしいですよね。

他人の価値観に振り回されて、自分の人生が捻じ曲げられるのですから。


だから、僕は人間関係の断捨離をして正解でした。

今は、誰からも過去の自分と今の自分を比較されません。
今は、今の、ありのままの自分だけを見て貰えていいる。


僕が、
他人の価値観に振り回されないようになってきた理由があります。

何を言っても「筋トレ」を始めた事です。
筋トレを始めて「体力」と「筋力」が付きました。
それと同時に「プラス思考」が手に入ったと思います。

筋トレや運動をすると脳内ホルモンが分泌されるそうです。
その脳内ホルモンのお陰でプラス思考になれたんです。

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余談ですが、
僕が筋トレを始めた理由なんですが、
通院している病院に嫌いな人間がいたんです。
その、嫌いな人間を「どつき回したい」気持ちがあった。
しかし、体力もなければ筋力も無い。

だったら筋トレをして、
「アイツをどつき回してやるぞ!」となった訳です。(笑)

このね、「怒りの感情」って素晴しいです。

怒りの感情があったから、
毎日の、過酷なトレーニングにも耐えれました。


懸垂って苦しいです。
苦しいけれど、
「懸垂が出来たらアイツを殴れる!」
殴りたいという気持ちが強いから努力できたんです。
それほど憎い相手でした。(笑)


それがね、体力や筋力が付いて来て、
脳内ホルモンのお陰で「プラス思考」になって、

「アイツを殴りたい!」という気持ちが薄れました。

というのも、
僕にはアイツを殴れる力が付いた。
「もう、勝ったも同然。」

気持ちに「余裕が出来た」のです。

するとね、不思議なことに、
嫌いだった相手が、僕を尊敬するようになったんです。

僕がやっている筋トレをみて、驚いたのでしょう。


僕は、嫌いなヤツを殴ってやりたかった。
毎日のように続く嫌がらせに腹が立って仕方がなかった。

しかし、いざ、殴れる力が付いたというのに、
「どうでもよくなった」のです。

なぜ?
僕はアイツを殴りたかったのでしょうか?


それは、僕が弱くて何も出来なかったからです。


今の僕は強い。
いつだって相手を筋力で倒せる。
やる前から相手を倒せてる。

だから、怒りの復讐が、もう終わったんです。



余談でしたが、怒りという感情は、
使い方次第で良い効果が出ます。


そして、僕は今、たびたび外食をしています。
地元ではあまり外食をしませんが、
電車に乗って、隣の県まで遠出して外食します。

知らない街ですから、知り合いが1人もいません。
過去の僕を知っている人なんていません。

過去の自分と、いまの自分を比較されなくて済みます。


だから、外食が楽しくて仕方がないのです。

数か月前に、「1人焼肉店」で食事をしました。
それはそれは美味しかった。

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1人で、自分のペースで肉を焼いて食べれる。
誰からも「肉、焼けたよ!早く食べや!」と言われなくて済む。


人目が気になる人も多いかと思う。
そういう人は、地元から離れて、遠くの街へ行くと良いかも。

誰も、自分のことを知っている人がいない街に。

自分自身も、知らない街へ行くと、
すれ違った人がどんな人であろうと気にも留めません。

2度と、関わらない人も多いと思う。

知らない街の人なんて、どうでもいい人ばかり。


ただ、地元だと、知り合いが多いから、
過去の自分と、現在の自分を比較されて、
他人の価値観で「評価」され「レッテルを貼られる」のです。


いっそうのこと、知らない街へ引っ越す方が良いかもね。

そうすれば、始めっからのスタートですから。


無理して、住み心地の悪い街で暮らさなくてもいいはず。

自分にあった環境で暮らせば、心が安らぐはず。


嫌な思いをして生き続けるよりも、
環境を変えて、心地よい人生を満喫した方が建設的だと思います。


追い求めて行けば、
理想が近づくと思います。


僕は今、
他人の価値観と自分の価値観を分別しています。

他人の価値観に振り回されないように。


自分の人生です。

自分の価値観を基準に、豊かな人生を構築していきたいです。


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